雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『甦る「幻影城」I~III』

甦る「幻影城」I 探偵小説誌 新人賞傑作選

甦る「幻影城」II 探偵小説誌 幻の名作

甦る「幻影城」III 探偵小説誌 不朽の名作

角川書店(I、II:1997年、III:1998年)

(20170513公開)

『甦る「幻影城」』で曲がりなりにも探偵小説(でいいのかな?)を数編読んでわかったことがある。
僕の興味はトリックや犯人が誰かではなくて、動機と犯人と被害者の背景にあるということだ。それがページをめくる僕の原動力なわけで、犯人が分かっていても動機が不明なら読む。
極端に言えばトリック自体いらないなと(サイバーパンク側が言うバッフォーかもしれないね)。
だから動機のない殺人や、トリックの解決や犯人当てといった謎解きだけに目的が置かれている作品は好きではないかな。トリックを解決して、自殺や病死、事故死みたいな犯人不在ってな場合でも同じで、そうした作品の読後感は釈然としない。トリックが杜撰だったりや探偵役なんかいなかったりして、警察の捜査と犯人の自白だけで背後にある人間関係や新事実がわかるという展開でも僕はよいわけで、というのは僕が推理しながら読んでいないからだろう。
まあ、トリックは二転三転で犯人を浮かび上がらせる仕組みでもあるので、その展開自体は好きなんだけど。
と自分の好みを改めて認識した三冊であった。

以下、一言感想みたいなのをつらつらと。

 

甦る「幻影城」I 探偵小説誌 新人賞傑作選
【収録】「乾谷」村岡圭三、「DL2号機事件」泡坂妻夫、「さすらい」滝原滿(田中文雄)、「炎の結晶」霜月信二郎、「変調二人羽織」連城三紀彦、「蒼月宮殺人事件」堊城白人、「緑の草原に……」李家豊田中芳樹)、「贋作たけくらべ」中上正文

100枚以内という規定のためか、新人賞という性質のためか、あるいはそのどちらでもあるのか、各作品の凝縮されている感がすごい。濃い。

「乾谷」村岡圭三
結局お前がやったんかいっていう。

「DL2号機事件」泡坂妻夫
これ読みたくて借りた。DL2号機って航空機の種類だったのね。

事件の大筋自体はDL2号機とは関係ないような。

「さすらい」滝原滿(田中文雄
結局お前がやったんかいっていう第二弾。

隣人の謎を求めて。婦人の告白が辛い。

「乾谷」もそうだけど、郊外での開発が背景の一つとなっている。
都市周縁の開発と開拓、つまり郊外の広がりによって、自然が都市に呑み込まれていくさまは、70年後半という時代的に外せぬ出来事である。別に自然の抵抗があの幻想を生じさせたといいたいわけではない。

「炎の結晶」霜月信二郎
収録の中では一番好き。えろい。惹かれあう情景にもう少し細かければなあ。
個人的には事件よりそういう情緒部分で突っ込んであればもっとよかったかな。

「変調二人羽織」連城三紀彦
みんなが殺意を持っていたから自殺ということにしてうやむやにした(という警察の事情をそれとなく告発する手紙、という体)と読んだ。

「蒼月宮殺人事件」堊城白人
くらくらする文章。慣れると癖になる。

「緑の草原に……」李家豊田中芳樹
謎解きの転換が痛快に炸裂しているかな。技が一番効いているように感じられた。

「贋作たけくらべ」中上正文
収録の中で二番目に好き。
明治の東京下町を舞台とした、物集高音『大東京三十五区』を連想するような作品(もちろん『大東京~』のほうが後の出来だが)。語りの調子と人物の掛け合いが小気味よくて好み。

終盤が事件の解決のみで済んだのがちょっと残念。

 

甦る「幻影城」II 探偵小説誌 幻の名作
【収録】「謎の殺人」本田緒生、「人攫い」地味井平造、「やさしい風」瀬下耽、「石は語らず」水上呂理、「三番館の蒼蠅」光石介太郎、「フロイトの可愛い娘」朝山蜻一、「陽炎の家」氷川瓏、「暗い墓場」香住春吾、「マクベス殺人事件」宮原竜雄、「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」狩久、「天童奇蹟」新羽精之

「謎の殺人」本田緒生
風のくだりで全部わかってしまうのがね。これはそこしか趣がないのでわかってしまえば魅力減。

「人攫い」地味井平造
子供たちの移ろいゆく流行りを上手く筆致しているように思う。締めの一文がほろ苦い。

「やさしい風」瀬下耽
一か月後ぐらいに同じことしてそう。

「石は語らず」水上呂
余計なお節介だったね。

「三番館の蒼蠅」光石介太郎
ある男の犯罪記録であると同時に人生譚でもある。展開が興味を引いて次へ進む作品。

収録の中では二番目に好き。

フロイトの可愛い娘」朝山蜻一
夢への逃避は物悲しいが、ショックを和らげるための機能である。

「陽炎の家」氷川瓏
幻想小説的なの。死なんでもええやろ。と思ったけど死者に惹かれたらもうだめだね。

「暗い墓場」香住春吾
収録の中で三番目に好き。
お地蔵さんの謂れのようには上手くいかなかったのね。遺書の顛末も含めて、なんとも言えぬ事件であった。

マクベス殺人事件」宮原竜雄
良い推理物だと思う。

「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」狩久
人を食った小説(?)。振り回される人間模様が面白い。

「天童奇蹟」新羽精之
収録の中で一番好きかな。印象的な一編。
奇蹟を演出しつつ真の奇跡の到来を待つという野望を秘めた伝道師。結局は偽の奇蹟に足元をすくわれる、戦国時代の長崎での布教活動の一幕。

 

甦る「幻影城」III 探偵小説誌 不朽の名作
【収録】「吸血鬼」日影丈吉、「多すぎる証人」天藤真、「お精霊舟」宮田亜佐、「密室のレクイエム」筑波孔一郎、「微笑の憎悪」藤木靖子、「若い悪魔たち」石沢英太郎、「影の殺意」藤村正太、「最も高級なゲーム」仁木悦子、「陥穽」竹本健治、「殺人者の憩いの家」中井英夫、「五分間の殺意」赤川次郎

「吸血鬼」日影丈吉
西洋的な吸血鬼(ドラキュラというか血を吸う怪人)はいなくても、血を吸う化け物ぐらいなら中国の伝承にはいくらでもいるんじゃないかなと思った。それは本筋とは関係ないんだけど、コウモリ的な吸血鬼は確かにここにしかいないのかもしれない。んだけど島の人の話からそういう伝承を耳にするくだりがあってもいいんじゃないかと思った。

「多すぎる証人」天藤真
(※メモを見ても空白だった。印象が薄かったんだと思う。)

「お精霊舟」宮田亜佐
流れ着いた藁舟の出所を探っていく伝奇的な作品。
収録の中で一番好き。落ちも好み。

「密室のレクイエム」筑波孔一郎
作中劇から現実へのつり上げは悪くないんだけどなんか性急な感じがしたな。中東へ行った友人は放置です(本当にそんなやつがいたかも怪しい)。

「微笑の憎悪」藤木靖子
心臓が悪いくだりでわかってしまう。

「若い悪魔たち」石沢英太郎
好みじゃない。

「影の殺意」藤村正太
エロい。影要素はどこにあったんだろう。

「最も高級なゲーム」仁木悦子
人名が京王井の頭線小田急の駅名なのはすぐわかる。そのつながりで駅名と関係ない羽根木と大倉を疑ったが、大倉が祖師ヶ谷大蔵とはわからなかった。羽根木は世田谷区の町名で新代田と東松原が近いとのことでこれも井の頭線つながり。
収録の中では二番目に好き

「陥穽」竹本健治
陥穽に嵌めたつもりでいたら、相手はその底からさらに深いところへすり抜けていってしまった。

「殺人者の憩いの家」中井英夫
中井英夫節というやつかな。結末はなんか急だわ。

「五分間の殺意」赤川次郎
女子高生いいよね。いいよね。定年間際の閑職のおじさんが、定年を残念がるあたりに時代があるなあと。