雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『雨の匂い 石の祈り』

雨の匂い 石の祈り

蜜丸/pamplemousse(2015年)

三冊セット

収録:「神様には名前がない」「王女には夢がない」「子供には罪がない」

(20170716公開)

 

こだわりの感じられる紙製のブックケース(装丁は後述)に収められた三作セット。

「神様には名前がない」
三作のうちで一番好み。
単純に「果て」「風」「海辺」と好きな要素が多かったからというのもあるが、他二作と比べて、世界の広がりと深さを俯瞰的に掴みやすいからだろう。
実際的な広がりを持つ大きな世界があって、その中に「僕」や「私」(要するに主人公)が知っていて、現実的なものとして触れられる実質的な深みを持つ世界がある。
その二つの世界が継ぎ目なく通じ合っているのをはっきりと感じ取れた。

他の二つはそれぞれ深さを増した分、広がりは狭まっていて、(僕の好みだけに照らしてしまうと)そこで順番がついてしまうかなと。無論それは「面白い・つまらない」とは別の指標なので、いずれにもそれぞれの良さがある。

 

「王女には夢がない」
王女に「もう少しやりようがあるだろ」と思ってしまった(解説に概ね同意する次第である)。ただ彼女は物語的には付属物で、メーンとなる人物の感情の揺動にのみ関与する人物という感も強い。
自然との関係でいえば、自然や夜魔といった恵みも恐れもある世界の中における人の(人間臭い?)動きがメーンなのかな、と。離宮でこれなのだから、この三作と同じ世界の都会を舞台とした作品ではもっとそうなのだろう。
さておき、この話は主人公と親しくなった彼の真意がはっきりわからないのが妙(言い得て妙の「妙」=上手いこと作用している)だと思う。

 

「子供には罪がない」
表題『雨の匂い 石の祈り』に一番分かりやすい形で合っている作品かと。主人公周りの(主人公が生活する)実質的な世界の深さ(濃密さ)で言っても三作中で随一かもしれない。
俯瞰的な一作目とは違って、目の前の世界(作中でいえば部族の生活空間)にどっぷりはまっていて、住まう世界は住まう者の内面と通じ合っている部分があると気づかせてくれる。これは主人公が自分の世界への没入を求められる細工師という点も大きいのかもしれない。石をもっとも美しく際立たせるには、自分の腕前と自然の石との距離を知り、認識しなければできないだろうから。
自分の力量を自然に突き立てるのではなく、石を美しく仕上げられるよう自分の力量を合わせていく。美しく細工された石は、(細工師を取り巻く)石がある世界と細工師の世界とが調和したものだ。

森歩きも世界と自分とのつながりを示すのに適した役割かもしれない。
自分たちが接する世界の自然に分け入っての探索は、自分の内面に入り込んで己を見つめ直し、見極める行為にも似ている。ときに死と隣り合わせの森(自然)では、自分を把握していないといけない。
主人公の兄は生まれてくる子供のために、危険のぎりぎりまで分け入ろうとする。部族内で良しとされない期間に森へ入る事も含め、最悪どうなるか知らない人物ではない彼は、その道中で己を見つめ直そうしていたのではないだろうか。
父や弟のようになれず悔し泣きした自分。森歩きとしての自分。間もなく父親となる自分。愛する者との間に授かった子の未来を願う(早くも父として意識している)自分。その子が自分のような悔しい思いをしないでもいいように背を押す自分。
美しい石を我が子に託すことによって、最高の細工師の息子だった自らの生も見つめ直し、生き直そうとしていたのかもしれない。

結果から言えば、おそらく見つめ直す際(きわ)を見誤ったがゆえに病魔に侵されて死んでしまったように思える。
あるいは部族全体で子を育てる習わしだそうだから、自分が死んでも大丈夫だ。(僧の風読みもあって)万が一と引き換えにしてでも石を、という思いが強く働いたのかもしれない。
ただ、部族しての風習などではなく、残された者(個人)の悲嘆を想像できていれば、と思わなくもない。

子供には罪がない。それはまだ子供が世界と多く接触を持たないがゆえに、そうであるのかもしれない。
出産を穢れや罪とみなし、出産にあたって斎戒する風習があると聞いたことがある。
そこから想像を飛躍させるが、産みの痛み、もしくは産みそのものが罰であるのならば、その結果として生まれてくる子供に罪がないとも見なせるだろう。
まあ、作中では罰を受けたとみなせるのは父親なので母親の出産と直接には関係ないのだが。

 

装丁
紙のカバーケースを手に取ったとき、その模様にピンと来るものがあった。直感的なものではあったけれども、なんとなくこうではないかと察せるものが。同時に「こうであったらいいなあ」という思いもあった。そうして天と地を見て、しっかりとそれが意図されているのに気づいて嬉しくなった。
カバーも、白の装いを解いてあげれば熱帯の鮮やかさが露わになって、到達感を覚えさせてくれるものがある。
遊び紙と栞紐の色も各話の主人公の腕の石の色のイメージで、こういう点に気付けると嬉しくなる心理をいい感じに突いているのがいいね(「俺はわかってるよ」という勘違い感をくすぐってくれるので)。
級数は12ぐらいでいい感じかな。