雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

第8回テキレボにかかる上京記(2019年3月24日:5日目後半:後味酸性)

 3月21日(木、祝)開催の『第8回Text-Revolutions』(以下、テキレボ)に参加するため、20日(水)から24日(日)までの五日間ほど旅の空に出ていた。21日(2日目)のテキレボそのものについては、蒸奇都市倶楽部の売り子として参加していたので、サークルとして書けることはそちらのイベントレポートに譲る。

 

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 最終日後半の目玉はグランクラス……だが、失敗したので胸を張れるものはない。


前半

ks2384ai.hatenablog.jp

 

 

 

 

3月24日(日)後半

グランクラスとはなんぞや

 いよいよグランクラスの説明を始める。
 雑にいえばグリーン車の豪華版だ。JR東日本の新幹線に連結されている座席区分で、ラウンジのように飛行機のたとえで言うと、新幹線におけるファーストクラスに相当するものとみてよい。*1 それでも制度上の区分はグリーン車らしく、切符にもグリーン券と明示されている。
 ただし専属のアテンダントがついており、座席は革張り、軽食や飲み物のサービスがつくなど、サービスはグリーン車以上だ。

www.jreast.co.jp


料金

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 復路の切符。
 東京から大阪。通常ならば東海道新幹線のところを、グランクラスに乗るため北陸経由にした。*2
 なにより注目してほしいのは料金。

 グランクラスを含む特急料金は約2万円。北陸経由の運賃(1万150円)のおよそ2倍である。
 さらにその内訳、新幹線の特急券部分は6260円で、グランクラスの料金は7200円と6170円となっている。なんでグランクラスの料金が二つもあるのかというと、北陸新幹線JR東日本JR西日本の両社をまたいで運行されており、それぞれの会社部分のグランクラス料金がかかるからだ。*3
 合算!? 通し計算で安くなったりはしないのである。これはJR北海道にまたがって運行される東北・北海道新幹線も同じだ。
 しかもそのグランクラス料金が、各社の単独部分でさえ北陸新幹線区間の特急料金(6260円)に匹敵している。東京~金沢の通常の指定席が新幹線特急券も込みで6780円であるから、グランクラスはそれのおよそ3倍になる。これは戦前の三等と一等並みの価格差である。*4


座席

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 C席、二人席の窓側を指定した。1人席もあるのにどうして2人席にしたのかというと、北陸へ抜けるとこちらが南側、すなわち立山連峰側の座席となるからだ。雪山が見たかった。

 

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 そしてこれがグランクラスの座席。トヨタ紡織による革張りのシート。


 左手側に小さなインアームテーブル(カクテルテーブル)、右手側に電動リクライニングの操作盤が備わっている。操作盤で椅子全体を稼働させられるほか、背ずり、座面、レッグレストをそれぞれ独立して操作できる。

 ヘッドレストの横から伸びている筒状のものは読書等。可動範囲は意外と狭くて、ピンポイントでしか役に立たない。

 

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 カクテルテーブルは折り畳み式の小さなもの。ちょっと張り出しているから、席を立つ時に膝や尻なんかをぶつけると弾みで飲み物を倒してしまいそうだ。ペットボトルならまだしも、缶飲料なら目も当てられない惨事を招く。

 

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 2人席も間に申し訳程度に仕切りがあり、当たり前だがひじかけも独立している。トイレに立つときなどには気を遣わなくてはいけない。車両の幅に制限されて1+2の配置が限界なようだ。
 ひじかけの下にはポケットがあり、軽食のメニューが入っている。このポケットには文庫本やメガネ、ペンなどのちょっとした小物を入れられる。ただし構造的に置き忘れが多そうな造りでもある。

 

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 バックシェルシートであらかじめ座席の稼働分だけ幅が取られているから、背もたれを倒す際に後ろに一声かけたりしなくてもよい。ただしシェルと座席の隙間にものを落としてしまうと、拾うのに苦労しそうだった。した。ペンを落として拾うのに手がつりそうになった。

 

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 前の座席のシェルの下側は靴やちょっとした荷物の置場。座席間の縦長の空間はマガジンボックスになっていて、電動シートの操作案内やロゴ入りの袋に入ったスリッパが入っている。スリッパはアメニティなので持ち帰ってよい。

 シェル背面に机(シートバックテーブル)はついていない。

 

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 座席には前面に展開する大きなインアームテーブルも収納されており、全て開くと子供用の椅子みたいに前をふさがれる。
 食事をするには便利なのだが、お手洗いに行くのにはいちいちしまわないと抜け出せないのが不便だ。ましてや机の上に飲み物や弁当を広げていようものなら、これを一度どこかに置かないといけない。のだが、これまで見てもらった通り、他に物をおける広い机がないのである。なので食べている最中や飲んでいる最中に催したら、これらをいったん床にでも置いて机を収納しないといけない。
 せっかくのグランクラスなのにこの配置はちょっとないんじゃないかと思う。せめてシェルの背面にもバックシートテーブルのような物を置ける広めのスペースがほしい。


車内

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グランクラス車内への扉。

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グリーン車のマークが小さく見えますな。

 

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 デッキにはラウンジ同様に時刻表が。また、JR西日本の雑誌もある。

 そういえば乗った『はくたか』はW7系であった。これまで車両をE7系とばかり書いてきたが、北陸新幹線にはJR西日本W7系も走っている。編成を保有する会社が東日本(East=E7系)か西日本(West=W7系)かでアルファベットが違うものの、共通設計なので大きな違いはない。

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 新聞もラウンジ同様に各2部ずつ。毎日、日経、読売、朝日の他にスポーツ報知とサンスポ。さらには金沢を起終点とする列車なので石川の県紙、北國新聞も置いてある。旅先の宿で地方紙を見つけた時のような嬉しさがある。

 

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デッキにある蒔絵風の柱。椿と雷鳥

 

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松と月。利家とまつ

 

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百合と(おそらく)鮎。

 

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 桜と(たぶん)つぐみ。
 これらは四季を表していると思われる。

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各車両案内

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 大型の荷物置き場。訪日客の他、北陸に行くのでスキー客なども想定してか。

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 似棚は飛行機と同じハットラック式。

 

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 デッキにあるグランクラスのロゴ。高級感。

 

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 かすかに浮き出ている。扉の方は普通にシールっぽい。

 

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 かように最新鋭かつ豪華なグランクラスであるが、洗面所は昔ながらの電気カミソリ用とおぼしき蓋付きコンセントがあった。これ、185系とかの国鉄車両にも同じようなのがついているのよ。いまや最新鋭車両の各座席にはコンセントがついているような時代であるが、洗面台のコンセントだけは昔風でなんだか面白い。

軽食

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 上野を出てから軽食が運ばれてくる。
 事前にメニューを聞かれて和洋を選べるが、洋風はサンドイッチであまり新鮮味がないので、和を選ぶ。季節や上下(金沢行き、東京行き)でメニューが変わる*5  和を選ぶしかないでしょう。*6

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 グランクラスのロゴ入り。下の帯はE/W7系の車両に巻かれたものと同じ。

 

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 お菓子もついてくる。「七彩めぐり」はおかき。

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 こっちはオリジナルのパウンドケーキ。(味を控えるのを忘れた。)どちらもロゴ入りの容器で旅の思い出として保存したくなる。

 

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 スパークリングワイン。山形県高畠町は高畠ワイナリーの『嘉-yoshi-』シャルドネ
 グランクラスは飲み物が自由に提供される。ラウンジとの最大の違いはアルコールも含まれていること。ビールや日本酒もあった。他はコーヒー、緑茶、ハーブティー、アップルジュース*7やコーラなど。

 

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 お品書きと全容。
 軽食の名に恥じぬ通り控えめな味付けで、小腹を満たすには充分な量がある。

 

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 割りばしも高級で、滑らかな舌触り。変に割れないし、米をつかむ前に濡らさなくてもいい。


『かがやき』か『はくたか』か

 しばらくは座席を堪能し、大宮を出てから軽食を食べ始める。金沢まで残り約2時間半。

 北陸新幹線には『のぞみ』に相当する『かがやき』とひかりに相当する『かがやき』が走っている。*8 『かがやき』の一部は長野以遠では『こだま』も兼ねる。その長野までは東京~長野間の『あさま』が『こだま』に相当する。『かがやき』は『はくたか』よりも40分ほど速く金沢に着く。後続の『かがやき』に抜かれる『はくたか』もある。*9

 であるからこそ、私は今回のグランクラス初体験にあたって『はくたか』を選んだ。30~40分近くも余分にグランクラスに乗れるのだから、速達列車に乗るよりも贅沢ではないか。


 ただ、今回は『かがやき』に乗るか少し悩んだ。というのも、『はくたか559号』の8分前に発車した『かがやき509号』は北陸新幹線の最速列車で、東京金沢を2時間28分で結ぶ。停車駅は大宮、長野、富山、金沢と県庁所在駅にしか停まらない。*10 現在こういう県庁所在地の駅にしか停まらない列車は貴重なので、悩んだ。
 が、こうしたタイトルホルダー、特に新幹線のそれは割と残りやすいので乗車は見送った。

 

平野を越えるもの

 軽食を食べながら車窓を眺めてくつろぐ。新幹線の窓なので小さいが、グランクラスの雰囲気も相まって、なんだか飛行機の窓のように思えてくる。というかグランクラスは飛行機のそれをばしばし意識しているだろう。

 

 大宮を出ると都会の町並みは尽きて、田畑が増えてくる。
 快晴の関東平野を新幹線の高架から見るわけで、小さな窓とはいえ眺望は意外と遮られない。C席は関東から北へ向かう場合は西側になる。関東平野の彼方にそびえる丹沢や秩父の山並みがゆっくりと流れている。それらの山の少し上にぽっかりとかすかな台形状の雲が棚引いて……ん?

 

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 あれ、もしかして……

 

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 間違いない。富士山だ。あんな形の山は他にない。
 見えた。大宮より北から富士山が見えたぞ。

 方角や高さ的に、埼玉北部の平野部では熊谷あたりまでは富士山を見られるという情報は知っていたけれど、まさかこの目で見られる日が訪れようとは。非常に感慨深い。

 

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 自然と箸を進める手が止まり、見えなくなるまでこの霊峰を眺め続けた。

 

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 熊谷を過ぎてしばらく行くと、富士山は秩父山地に隠れてしまった。
 行きに見られて帰りにも見られるとは、非常に高い成果を得られた。


長野県にて変調

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 高揚したまま軽食を食べ終え、いい気分のままにビールを頼む。プレミアムモルツが運ばれてきた。普段はそんなに飲まないのだが、飲み物無料ということと*11、  富士山を眺められた祝杯のつもりだ。

 

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 再びの車内散策をして、軽井沢に着くころに座席に落ち着き飲み始める。

 

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 長野県も快晴で、軽井沢を出た直後にきれいな浅間山も拝めた。
 この山もなかなか全容を拝ませてくれない霊山だ。春のとても素晴らしい天候の日に富士山と浅間山を見られるとは……、ツケが回ってきそうで怖い。
 しかし、このまま上首尾で行けばもしかすると立山もきれいにくっきり見えるのでは、という思いが込み上げてきてとてもわくわくする。

 

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 グラスにもグランクラスのロゴが入っていた。


 ……ちょっと飲みすぎたかもしれない、一杯目の半分ぐらいで軽い気持ち悪さを覚えた。アテンダントさんに頼んで、申し訳ないけれど飲みかけのビールを下げてもらう。こちらの都合であるのに「少し出しすぎましたか」とお気遣いまでいただき、まことに恐縮しきりである。
 ビールはもったいないが、あのまま飲み続けると絶対に頭痛になる。いや、すでになりかけている……。私は酒を飲んでも心地よく酔えるステージがなく、許容を越えるとすぐ頭痛と吐き気に襲われる体質だ。経験上、それは絶対に絶対だ。
「こちらが調子に乗って頼んだだけですから、お気になさらず」と水とりんごジュースを頼む。

 

 あれだな、朝から軽食しか入れていないのが悪かったかもしれない。
 あと長野県で関東より高い場所に来たのも関係があるかも。きっと気圧の調子で。それとここ数日の睡眠時間の短さも祟っているに違いない。加えて、飲んだ後に車内を歩き回ったのも気持ち悪さを促進させたはずだ。
 理屈を重ねて、感じている気持ち悪さを少しでも「大したものじゃない」と扱おうとする。
 グランクラスだぞ? 気持ち悪くなっている場合じゃないだろう……。

 

 水を飲みきって、りんごジュースも少し飲む。
 そうだ、おなかに何か入れよう。

 

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 ……味噌のカツはいまはちょっと。

 カツのはしっこって油多そうだし。

 

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 チキンカツはさっぱりしているな。これなら大丈夫だろう……、

 

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 うっ、酔いかけているときにこれは……

 しかし何か腹に入れないと。

 

 と思っている間に限界は訪れた。

 込み上げてきたのはわくわくではなくて吐き気だ。
 急いでトイレへ駆け込まなければならぬ。
 座席の立ち際、カクテルテーブルに尻をぶつけてりんごジュースをズボンにこぼしてしまう。
 ほら! 最初に座った時に懸念してた通りの事態を招いた! 鈍くさいんだから、もう!
 場合によっては漏らしたように見えるけれど、ここで吐瀉するのに比べれば軽微な被害だ。おまけに列車の揺れすら俺の吐き気を煽ってくる。席を立った俺への仕打ちがこれとはひどい。

 

 富士と浅間の全容を拝めたツケがこれなのか?

 俺は何かを犠牲にしないとよいものを見られないのか?

 

以下は汚い表現があります。

 食事中や清浄な身の方などはお控えください。

 

 

 

 


 ……嘔吐感があるが何も出てこない。
 しばらくうずくまってぜいぜいと肩で息を切る。
 二、三度「戻す」感覚があったが何も出てこない。
 しかし少しだけ胸のむかつきが落ち着いたので座席へ。

 

 列車はとっくに長野を出て新潟県に入り、糸魚川のあたりを走っていた。
 50分近くもトイレの近くにいたのか……。*12

 

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 向こう側に日本海が見える。すっかり春の装いで、冬の荒れた雰囲気はどこにもない。代わりに俺の脳内と胃が、冬の日本海もかくやというほどの大荒れだ。

 

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 太平洋側より少し曇ってはいるけれど、立山連峰の山々が見える。ああ、北陸の平野にももう春が来る。

 

 ……この日の写真はこれを最後に途絶えている。


 無理でした


その後

 金沢までトイレにこもりっきり。
 吐き気と小康状態の繰り返しであった。
 あの時の状態を考えるとよくホームで戻さずに、大荷物を抱えて列車を降りて在来線に乗り換えられたよ。

 

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 きっぷの通り、金沢では1時間ちょっとの乗り換え時間がある。
はくたか559号』からはもう少し時間の早いサンダーバードにも乗れるのだが、新幹線開業後の金沢駅を見学したくて一本遅らせたのだ。
 それがまさかすべてトイレ籠りに消えようとは。

 金沢駅の新幹線改札内のトイレでは3度戻した。かすかにりんごジュースの味がする。軽食のメニューの味も。
 個室がたくさんあるトイレで良かった。おかげでずっと籠っていられた。半分ぐらい便器に顔をつけて1時間を過ごす。

 

 金沢から大阪までは『サンダーバード30号』。
 この列車は金沢を出ると福井、京都、新大阪と、先ほど説明した『かがやき』のように県庁所在都市にしか停車しない「最速達」のサンダーバードである。*13
 この区間はそこそこ乗っているので、グリーン車で最速達でもいいかなと選んだ。それにせっかくグランクラスに乗ったのだから、そこからの乗り継ぎもグリーン車にしてそろえたいという思惑もあった。

 全てトイレ籠りで台無しである。

 

 よほど苦しそうに見えたのだろう、デッキでうずくまる私を見かねた車掌の申し出と好意に甘えて救護室へ案内してもらった。
 救護室で楽な姿勢になっていると少し気分がましになった。

 が、しばらくして授乳をしたいという親子が来たので席を譲る。
 調子に乗って酒を飲んだ空きっ腹のおっさんが自業自得で吐くよりも、幼子が腹を空かせる方がよほど問題だ。俺はデッキでうずくまっていればいい。

 

 その後もトイレとデッキの往復。
 吐き気を催した回数は数知れず。実際に戻した回数は少なかった。回復したのではなく、もはや腹に何も入っていなないからだ。戻したくても戻すべきものがなくて、なけなしの胃液の吐瀉を繰り返す。喉が酸っぱいしひりひりする。
 水を買ってでも飲むべきだろう。しかし自販機まで保つかも怪しい。絶対に人前でゲロしたくはない。車掌に頼もうか。いや迷惑はかけられない。大阪駅まであと1時間ちょっとだ。最速達がこういう形で作用するとは。


 あと1時間、されど1時間。

 吐き気は止まない。

 ……やむを得ない。

 

 俺は飲んだ。トイレ横にある洗面所の水を。

 飲料水ではありませんと注意書きがあるけれど、それは通常時のことだ。背に腹は変えられない。とにかく胃に吐けるものを入れて酔いを醒まさねば。
 ああ、なんてみじめなんだ俺は。
 いや、これが本来の、ケチ臭い俺の真実なんだろうきっと。
 たまに豪勢に振る舞うから慣れない何かに当たったんだ。

 というネガティブ思考全開で早春の北陸路を行く。


 大阪へ着く前に座席へ復帰。回復したのではない。荷物を車内に置き忘れないためだ。ここでラウンジでもらったりんごジュースを一気に飲み干す。手持ちの飲み物はこれと鞄のホッピーしかなかった。ホッピーは瓶入りだし、極微量だけどアルコール入っているし、無理。
 金沢から大阪までの約3時間30分、グリーン車の座席に座っていたのはものの20分にも満たなかっただろう。

 

 乗車券は大阪までだが、ここから帰るまでさらに乗り継がなければならない。その間ずっと頭痛と吐き気に襲われていた。
 途中の駅のトイレで何度も吐き散らし、普段の3倍近い時間をかけて深夜の帰宅。*14
 途中で飲んだりんごジュースも吐ききってしまい、再び胃が空になっていた。それでもなお吐き気を催しているとどうなるかというと、胃のあたりが強烈に締め付けられるのである。胃腸が小刻みに震えているような感じで、付随してずきずきとした強い痛みとむかつきが収まらない。

 しかし家に帰って酔い止めと頭痛薬を飲めば不思議なもので、ひと風呂浴びてさっさと眠るころには頭痛も吐き気もすっかり収まっていた。ひどい状態に陥って12時間弱、薬が効いたのか、単に時間で和らいだのかはわからない。
 合わせ技だと思いたい。


 こうした失敗からの大きな後悔も旅の一つの思い出である。
 過ぎてさえしまえば……。


 しかし、
 こんなみじめな行く立てでグランクラスを満喫したと言えるだろうか?
 だめだだめだリベンジだ。再挑戦しなければならない。北陸新幹線敦賀に延伸されるまでにもう一度、金沢での乗り換えをせねば。

 



 以上がテキレボに際しての2019年春の上京の顛末である。
 とんでもない最終日であった。


 この後に2019年春の上京の記事まとめを作って、すべてを締めくくる。

 


*1:むろんファーストクラスに太刀打ちできるものではない。

*2:金沢から大阪へのサンダーバードもちゃっかりグリーン車にしている。

*3:このあたりの規則というか、計算方法がややこしく面倒だ。今はネットですぐに合計額を調べられるから、時刻表の巻末を見て計算することはもうほとんどないが……。

*4:北陸新幹線にはグリーン車もついているが、料金はだいたいこの中間ぐらいの設定で、二等並み。二つ前の機関車の記事で『今のグリーン車は以前の二等車』といった旨を書いたが、妥当なところであろう。

*5:和軽食の金沢行きは関東の食材を、東京行きは北陸の食材を使っている。東北新幹線だと東京行きは東北の食材。

*6:洋軽食は2019年3月末のリニューアルにより廃止された。乗車時点でそれを知っていながら、なお和軽食を選んだのだ、私は。

*7:これもacureブランドだろう。

*8:この他に富山~金沢間の各駅に停まる『つるぎ』がある。これは対大阪の列車だ。

*9:今回乗った『はくたか559』号がまさにそれで、東京駅を16分後に発車する後続の臨時『かがやき』に追い抜かれる。

*10:上野にも停まらない。

*11:元取れ精神。どこまでもケチ臭い。

*12:弁明しておくとずっと閉じこもっていたのではない。他に用がある客の迷惑にならないように、少しましになったら出て、ダメになったら入って、たまにトイレから顔をのぞかせて人が待っていないか確認したりで、デッキを拠点にして閉じこもっていた。

*13:同じ停車駅で5分ほど早い列車があるので「最速」ではない。

*14:トイレに籠っていた時間もそうであるが、いつどこの駅のトイレにでも行けるように、普通列車を乗り継いだのもある。