雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『幽女の如き怨むもの』

幽女の如き怨むもの
三津田信三
講談社文庫(2015年6月12日第一刷)

幽女の如き怨むもの (講談社文庫)

幽女の如き怨むもの (講談社文庫)

 

 読後に怪異の謎が尾を引くように残るシリーズで、本作もそういう部分があるにはある。
 が、なぜだろう、僕は逆に推理部分に納得しすぎてしまい、これまでの作品に感じた尾を引く印象を覚えなかった。

 

推理小説
ネタばれ注意

 

 

 謎解きの妥当性に納得しすぎてしまったあまり、最後の『追記』にあたる部分が蛇足に感じられたほどだ。

 シリーズのこれまでを鑑みれば『追記』では、おそらく作中に残された奇異な謎や怪異に関する部分が強烈に乗っかってきて、残されていた謎や怪異が尾を引く仕掛けになっているのであろう。しかし残念ながらそれを感じなかった。なので僕は本作はシリーズとしての癖が弱いのかな? と判断した。

 むろん全体の筋立てや謎解きで肩透かしを食らうという意味ではないことは断っておく。僕個人に刺さらなかったというだけの話。

 

 作中の出来事と、一応はシリーズの主人公にあたる人物との距離が遠い(実際の事件には直に遭遇してはいない)というのも原因に思う。日記や経験者のお話のみを介してのもので、そのためにシリーズ主人公との結びつけを弱く感じられた。関わりが半端というか。

 

 遊郭の部分や遊女の部分については、僕が遊郭の歴史や風習など、現実の遊郭についてあれこれを調べたことがあり、作中の凄惨さも現実に調べたそれとついつい比較してしまったのもあって、そういう意味では作中の出来事には対する驚きはなかった。やっぱりそうか、ぐらい。フィクション的に読んでしまったのかも。

 

 ちなみに感想としてこれの前に出しているのが『サンダカン八番娼館』であるが、それについては積読の過程で本当にたまたまそうなってしまっただけ。けれども、時々こういう符合が起こる。

ks2384ai.hatenablog.jp

 

 なので小屋が何をする小屋かというのもすぐに予想はつく。当時としては「そういうものだろう」と。驚くというよりも、やっぱりな、と。もっともその事実と描写の凄惨さは別だ。そこについては予想通り、などというわけではない。

 

 また、作中の遊女たちの人生部分に比べると、作中の事件がちんまい(小さい)ように見えてしまったのもあるだろう。個々の内容はともかく、事象としては飛び降りでしかない。
 しかもそれも結局は遊郭のというシステム内での、それも一つの見世の出来事として始末されてしまう。当事者たちの「やべえなこれ」感があまりな読み取れないというか、ざわざわ感が薄い。これ放っておくと皆殺しにされるんじゃ、とかどこまで被害が出るか不明、っていう感じがしなかった。

 

 逆に一番怖かったのは、第一部の遊女の日記の部分と第二部の遊郭の女将の話の乖離。 
 作中に矛盾があるというのではない。それぞれの人物の心情面における違いというか、心得が恐ろしい。それが端的に現れているのが遣り手婆の描かれ方。遊女視点の第一部では鬼婆でしかないのが、経営者支店の第二部ではよき補佐者なのである。むろんこの落差は使役される側とする側の立場の違いからくるもので、当たり前といえば当たり前。しかしである、そうした部分からくる両者(第一部、第二部のメインとなる人物)の遊郭への見方と心情を思うと、まことに人間が恐ろしく感じられてくる。
 特に真相(?)らしきものを知ったうえでの、第一部の日記を読んで感じられる「二度と戻りたくない」という心情と、それ以降の彼女の生き方を思い、また同時に女将の登場部分とを比較してしまうと、なんともやりきれない。
 冒頭に本作を否定的ともとれることを書いたけれど、こうした彼女の生きざまに想像をめぐらすと、読み物としてはやはり良い。


 ところで仮に、最後にこの女将が転落死して、そこに殺人の可能性があるようにほのめかす記事の追記でもあれば、遊郭というシステム(もしくは運営していた者)自体に対する呪いであるとか、『殺人が癖』になってしまった彼女がついに幽女同然と化してしまい後を追ってきたのだなとか、そういう気味の悪い尾を引く怖さを想像してしまうのだが……。

 まあ、それも蛇足か。作品はあれで終わっているんだから、読者がどうこう言っても詮無きことよの。

 

 このシリーズの文庫として出ている長編*1 は、この作品の分まではすべて読んだけれど(調べたらこれの次のはまだ未文庫)、最初に読んだ時から『凶鳥の如き忌むもの』が良き。これも僕としては謎が残らない結末だと思っているけれど、それを差し引いてもあれの壮絶さと最後の美しさ、なにより読後に謎が尾を引かないすっきり感は惚れぼれしてしまう。一番好き。

凶鳥の如き忌むもの (講談社文庫)

凶鳥の如き忌むもの (講談社文庫)

 

 

 

*1:短編は一冊目だけ読んだ。刺さらず。