雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『抵抗都市』

抵抗都市

佐々木譲

集英社、2019年12月20日 第一刷発行

初出:『小説すばる』2018年10月号~2019年9月号

 

日露戦争に敗れた世界の日本のお話。

 

抵抗都市 (集英社文芸単行本)

抵抗都市 (集英社文芸単行本)

 

 

 時代は第一次世界大戦の開戦から2年後、1916年。
 ポーツマス講和条約により外交権と軍事権を取り上げられた日本は、都心部にロシアの総監府が置かれ軍も進駐してきている。小石川の東京砲兵工廠はプチロフ*1の東京工場となり、主要な道路はクロパトキン通り、マカロフ通りなどロシア風に改められている。
 完全に占領されているわけではなく、日本政府も皇室も存続している。

 そうした状態を作中、反露派や反帝派からは保護国、属国と言われ、政府や親露派はこれを「二帝同盟」と呼んで肯定している。日本はこの同盟に従い陸軍師団を欧州戦線に派兵している(ガリツィアでオーストリア軍と戦闘したとある)。

 

 というのが大まかな背景設定。

 

 わくわくしない?

 僕はしたので読んだ。


以下、ネタばれ注意

 

 

 作中では記事冒頭の背景はところどころで触れられるものの、本筋としては日本橋川で身元不明の死体があがり、本庁と所轄の刑事が捜査に取り掛かるというもの。その身元不明の死体に官房室(高等警察)や総監府保安課の軍人が興味を持っているようで、どうも反露派や反帝派につながるきな臭い事件らしいぞ、と。

 いずれも捜査を丹念に描く過程は読みやすい。

 また進駐ロシア軍と関わる人々の描写なども味がある。

 英雄ポロネーズにまつわる三分割併呑されたポーランドの下りも哀愁、悲哀を感じさせてくれる。(ここに出てくるポーランド人のゴドウスキー氏、ピアノを弾いていたのでレオポルド・ゴドフスキーだろうか?)

 

 総じて終盤までの構築と盛り上げはよかった。

 

 よかったのだが、最後がめちゃくちゃあっさり気味だ。

 

 僕としては尻切れトンボというか、最後の最後で急に失速した印象をいだいた。(いや、そもそも失速できるほど速い展開の小説ではないので、急停止か。)

 これはおそらく事件の中核部分、謎や犯人の動機について明確な答え合わせのようなものがなかったからだろう。こういった場合小説的に、答えはおそらく作中で示された捜査や背景、推理がほぼ正解なのだろうが、僕としてはなんとも消化不良に陥った感じだ。*2

 

 好意的に読めば、警視庁が関われるのはそこまで(国際的な事態には関与できない)、ということなのかもしれない。しかしエンターテイメントとしては、う~んという感じ。

 わくわくした分のお釣りがかなり返ってきてしまったぞ。


 歴史改変ものではあるが、大筋の歴史は史実通りなので大胆な読み替えはしなくても良い。ただ、個人的には大胆に読み替えて反露派、反帝派のみならずガチガチの共産主義者にもばんばん飛び交ってほしかった。

 

 最初は大津事件の場面が丁寧に描かれるが、これはあまり本筋に関係がなかったように思う。

 いや、この時に斬られた皇太子が(作中)現在のロシア皇帝ではあるんだけどさ、作中では触れられないし、日露戦争までは概ね史実通りと思われるので、作品の仕掛けとしてあんまり意味がないと感じた。ニコライが大津事件を根に持ってて日本を徹底的に締めあげてるとかでもなさそうだし。

 

 

*1:作中における工業会社。ニコライ・イワノビッチ・プチロフによって買収されたキーロフ工場あたりがモデルか?

*2:これは僕が最後にすべての謎の解に筋を通して披露してくれる推理小説的なものに慣れすぎているからそう感じたのだろう。