雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

蒸奇都市倶楽部での監修がしていること

 私が監修として携わっている蒸奇都市倶楽部の新刊『鐵と金剛』が2021年から発売(頒布開始)となる。(記事を書いている12月末時点では事前通販型イベント『テキレボEX2』のみで取り扱い中。)

 

 しれっと「監修」と書いたが、そもそも私が蒸奇都市倶楽部の監修として何を行っているのか。この記事ではそれを説明していこうと思う。(記事の公開にあたって蒸奇都市倶楽部の許可を得ています。)

 

 蒸奇都市倶楽部の監修として関わる部分の基本的な工程を説明する。

 

1:原案者から大元となる原稿(以下「原案」)が上がってくる

2:「原案」を作品として読み、登場人物や場面構成、流れや重要そうな設定などの諸要素の抽出と洗い出し

3:原案者との対話

4:前段をもとに原案者が「原案」に手を入れ「監修稿」を仕上げる

5:監修が「監修稿」に目を通し、必要であれば原案がさらに手を入れていく

6:前段の工程を繰り返し「監修稿」の最終稿を仕上げ、編集に渡して校正へ

 

 さて、こうした流れの中で、私は監修としてふたつの役割を自らに任じている。

 

(1)「原案」の良い部分をより良くする

(2)各設定の整理と整合性の把握

 

 これらの点について以下で順に記していく。ちなみにこれらは『鐵と金剛』に限った取り組みではない。蒸奇都市倶楽部の監修として蒸奇都市倶楽部のどの作品に対してもこの二つの役割をもって臨んでいる。

 

(1)「原案」の良い部分をより良くする

 監修の最大の役割でもある

 行程でいうと2と3にあたる部分で集中的に行う。

 

 説明にあたってまず2の工程についてさらに詳しく述べていく。

 私の姿勢とし、「原案」が上がってきてもいきなり監修として原案者とは話さない。必ず2の工程を挟むようにしている。というのは、原案者からの先入観を得ることなく「読者は『鐵と金剛』のどこを大事だと捉えるのか」を先行して体験することが極めて重要だと考えているからだ。ここで私がやっているのは、原案者が大事だと考えている部分と読者が大事だと捉えるであろう部分のずれの洗い出しだ。

 

 たとえば原案者が作品のテーマとして「自然のすばらしさ」*1 と設定し、またそういった部分とは別にキャッチーな要素としてAという登場人物の魅力を全面的に推した作品を書いたとする。しかしこの作品を読んだある読者は、この作品のテーマは「人間は自然を壊す存在」だと読み取り、キャラクターとしてはBという登場人物を最も魅力的だと感じた。

 

 と、こうしたずれをなるべく起こさせないように、原案者と話す前に世界で最初の読者として「原案」に目を通す。もし先に原案者と話してテーマや推したいキャラクターを聞いてしまっていたとしたら、それを意識して読んでしまう可能性を排除できないからだ。

 

 もちろんここで抽出した内容を洗い出すのも忘れてはいけない。なぜそう感じたのかというのは大事だ。「本文が~という表現であるから、このように読み取れた」「ここの言葉の使い方から、この登場人物は悪意を持っていると感じた」といったように具体的に記述、説明できなければ言語芸術である小説の監修としては片手落ちだと私は考えている。

 この洗い出しを経て初めて「原案」について3の工程で原案者との対話に入る。

 

 この段階で2の工程で抽出した内容が原案者の意図に沿うものなのか、想定していないような読み方なのか、まったく別の観点でとらえてしまっているのかなど、ずれがないかの確認を取り合っていく。

 この工程で行うのは、監修として手を入れる部分への提案とその承認である。

 

 手を入れる部分への提案というのは、「『人間が自然を壊す』と取らせたくないのであれば、ここに新しい章や段落を設けて補強するのはどうだろうか」とか、「この登場人物はこの場面ではなく、別の場面に配置してはどうか」といった大きな変更を含むものだ。

 大きく手を入れる部分はこの段階で先にすべて洗い出して挙げておく。後になればなるほど、内容が固まったものの修正に骨が折れるからだ。個別の文章や表現などの細かい書き換えは以降の逐次の段階でも対応できるので、ここではあまり触れない。

 

 承認においては、原案者にそれぞれの提案を了とするか否とするかを判断してもらう。否であればどういった形であればよいのかをお互い徹底的に詰めていく。もちろん元のまま残る部分もある。

 

 ここでどれだけ腹を割って話せるかどうかで、作品の出来や全体の進捗に大きな影響が出てきてしまう。なので原案者との間に齟齬がないように作品の意図や狙いを細かく聞き出してつかんでいく。これに関しては、僕がもともと蒸奇都市倶楽部の人間なので互いに良い意味で遠慮せず話し合えるのが役立っていると思う。

 

 作者の意図と読者の受け取りのずれについての余談。

 こうしたずれは投げる側の制球の甘さから生じるものだと考えている。どれだけ速い球を投げる選手であっても、制球が甘いためにボールや暴投になってしまうようでは勿体ない。なので正確な投球ができるように監修として適宜に提案を行うのである。

 もちろん作品をどう読むかは、最終的な受け取り手である読者に委ねられるべきである。しかしだからといって制球が甘くてもよいということは意味していない。制作側としては可能な限り正確性や意図の伝達が十分に行えるかを詰めていくべきであろう。

 

(2)各設定の整理と整合性の把握

 本来的な意味での監修の役割かもしれない。

 設定関連で監修が取り組むべきことは多岐にわたるのだが、大きくわけて三つの観点からの取り組みに振り分けられる。

〈1〉読者にわかりやすく

〈2〉内部で混乱しないために

〈3〉今後の展開を踏まえる

 

 蒸奇都市倶楽部の作品はすべて同じ世界で繰り広げられている。

 それ自体をサークルの作品の大きな魅力であると位置づけているが、作品が出れば出るたびに新しい設定はもちろんのこと、過去の設定と結びついたり積み増されたりもして複雑性が増していくのは否めない。

 

 そのため〈1〉は非常に重要な方向性であり、目的のひとつでもある。この目的を叶えるため作品上において各設定が説明不足に陥っていないかや、難解な記述や表現で煙に巻くようになっていないかなどを判断している。またその段階で出すべきでない設定や、その作品内であまり有機的に機能しないような設定を引っ込める、削るといった判断も行う。

 

〈2〉の観点は〈1〉とほぼ同じだ。蒸奇都市倶楽部のメンバー内でも設定への理解度の違いが大きい部分があるので、認識の一致をはかる必要がある。そのため統一的な設定資料や、参考資料として読んでほしい本の共有化を進めている。もっとも参考資料を読むのは人によって難しい部分もあるので、俯瞰的に設定を把握している私が監修を勤めている面も多分にある。

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蒸気都市倶楽部の参考文献一覧の一部

 

〈3〉について、新規設定と既存設定との食い違いや、各設定のつながりに無理がないかなどに目を配っている。

 特に大事なのは各設定が今後の作品展開を阻害しないかという点である。これは伏線の仕込みや演出の方法にも大きく影響を与えてくる部分で、最初に慎重に設定しておかないとあとで破綻しかねないようなものもある。監修としても細心の注意を払って努めている。

 

まとめ

 いつもの癖で長々と語ったが、『「原案」をもっと良いものに仕上げる』のが監修の目的だと考えている。それ自体は内部の話なので読者にとって比較しようがない点は恐縮しきりである。

 しかし、もしあなたに蒸奇都市倶楽部の作品を少しでも面白いと感じていただけたのならば、その一助になれた監修としては嬉しい限りである。

 

 もっと良いものに仕上げようとした結果、ページ数は増えてしまったが。

 いや、だからこそ監修としては『原案』の魅力を積み増せたと信じている。

監修となった経緯

 最後に私が蒸奇都市倶楽部の監修となった経緯を説明しておく。

 いまは個人サークル「売文舗シワ屋」店主を務める*2 私であるが、もともとは蒸奇都市倶楽部のメンバーであった。なぜ個人サークルの立ち上げと同時に蒸奇都市倶楽部のメンバーでなくなったのかは前にも述べているので、下記に以前の記事からの引用を掲げる。

これまでの同人活動は蒸奇都市倶楽部の雑務を主に、ちょくちょく個人名義で寄稿として活動していたが、前者への偏り著しく個人で書く際に「蒸奇都市倶楽部の」という影が付きまといそうなので、そこを少し緩和しようと思っての動き。 と言っても劇的に何か変わるものではなく、おそらく今後もそういった部分との均衡を加味してやっていくことになろうと思われる。まあ、今後は「売文舗 シワ屋のシワが蒸奇都市倶楽部に協力」という建前でやっていきます。

売文舗 シワ屋 - 雑考閑記

 なので実態は以前とほとんど変わっていない。売り子もやるしサークル代表で支払いもする*3 し作品も書くしで、特に今年は半年以上ずっと『鐵と金剛』に監修として携わっていたので、ほんとに何も変わってないな。

 そうそう、掛け持ちにしなかったのは「監修って肩書かっこいいよね。立場的に名乗れそうだから名乗ってしまおう」という面が強い。いや、ほんとに。



*1:テーマは例として挙げたもので、『鐵と金剛』のテーマではないことを断っておく。

*2:諸事情で実態はまだない。

*3:ダミーサークルとならないように特に注意している。