雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『ファントム・パラノイア』

 ネタバレあり

 

ファントム・パラノイア
サークル:モラトリアムシェルタ
作者:咲折
A5判:102P:700円
2016年9月18日発行

 

(20170213公開)

「自由を得た」というけれど、それはその時はじめて獲得しえたというよりも、生来的に持っていた自由を抑制していた諸々の不自由の縛めをふりほどいた、ということなのかもしれない。少なくとも本作の《オルタナ》にとってはそうであるようだ。
 感情を発露するなという、《オルタナ》に生来的に課せられた不自由の縛めを突き破った(自由を得た)、その結果として《オルタナ》が自殺を選ぶのならば、彼らが言うファントム・パラノイアとはまさしく正常な心の心の働きを示しているのかもしれない。
 いずれにせよ生きるも死ぬも、《オルタナ》が自由を得てからの二者択一オルタナティヴの結果である。作中で『代替可能オルタナティヴ』の意味だけが記述されていて、二者択一の意味が省かれているのは秀逸だと感じた。

 

 ところで作中で不自由なのは《オルタナ》だけではない。統制されている《シヴィタス》も大観すれば同じだろう。市民権を容易に剥奪されて存在を抹消されるのだから、元から制約を受けており、かつそれを当然と受け止めている《オルタナ》よりも悲惨かもしれない。ましてや作中の記述を追えば《シヴィタス》の記憶も薬で消せるようだから、《オルタナ》と《シヴィタス》を隔てているのは自発的に心を抑制するか、他者から強制的に抑制されているかぐらいではないだろうか。
 その両者を見つめられるところに本作の中心的人物である梍を置いている点は、『空人ノ國』の幽と敢えて似せているのだろう。

 『空人ノ國』から続けて読んだのが少し勿体ないと感じるほどに、くらくらしてしまうほど甘美である。あとうろこの家!*1(作品とはあまり関係ない)

*1:使われている写真がうろこの家というだけのお話。