雑考閑記

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雑な考えを閑な時に記す

『時刻表おくのほそ道』

時刻表おくのほそ道

宮脇俊三

文春文庫、1984年1月25日第1刷

 

(問)以下に挙げる本作収録路線のうち、2019年6月現在も旅客営業をしている路線はいくつあるか。社名変更や会社形態、運行会社の変更は問わない。

 

  1. 三菱石炭鉱業大夕張線(北海道)
  2. 野上電気鉄道(和歌山県
  3. 有田鉄道和歌山県
  4. 紀州鉄道和歌山県
  5. 津軽鉄道青森県
  6. 福井鉄道福武線福井県
  7. 福井鉄道・南越線(福井県
  8. 鹿児島交通・枕崎線(鹿児島県)
  9. 伊予鉄道愛媛県
  10. 小湊鉄道(千葉県)
  11. 銚子電気鉄道(千葉県)
  12. 鹿島臨海鉄道・鹿島臨港線(茨城県
  13. 鹿島鉄道茨城県
  14. 日立電鉄茨城県
  15. 上毛電気鉄道群馬県
  16. 上信電鉄群馬県
  17. 新潟交通新潟県
  18. 蒲原鉄道新潟県
  19. 一畑電気鉄道島根県
  20. 同和鉱業片上鉄道線(岡山県
  21. 別府鉄道(兵庫県
  22. 南部縦貫鉄道青森県
  23. 岩手開発鉄道岩手県
  24. 栗原電鉄(宮城県
  25. 下津井電鉄岡山県
  26. 加悦鉄道(京都府
  27. 遠州鉄道静岡県
  28. 岳南鉄道静岡県

 単行本は昭和57(1982)年4月。

 初出は『オール讀物』昭和56年1月号~昭和57年4月号?(※)
(※)あとがきに『16回にわたって連載』『連載完結後、すばやく本にしていただいた』とあり、単行本が4月に出ているのを鑑みるに休載はないかと思う。

 

 

 約40年前の地方鉄道、中小私鉄の乗車記録。今となっては懐かしい名前の方が多い。それもそのはず、収録線区28のうち現在も旅客営業をしているのは11線区。およそ半分以上が廃止されている。それぞれの廃止時期はまちまちで、青息吐息ながら00年代まで営業していた路線もある。
 しかしいずれにせよ、これらの線区の多くは80年代初頭の刊行当時から客も少なく、よって赤字で営業が危ぶまれていた。それは掲載されてる時刻表を見てもわかる。ほとんどが朝と午後の通学時間帯を手厚く、日中は少なくという典型的な閑散線区のダイヤとなっている。車社会の波に飲まれ、路線としての全盛期はとうに過ぎていた。

 車に奪われたのは客だけではない。貨物もそうだ。むしろ地方は貨物輸送が主で旅客輸送は従のような線区も多かったが、主の輸送がトラックに切り替わっていった時代でもある。閉山で収益の中核であった貨物輸送自体が消えた路線もある。赤字は必至だ。

 主な客層は通学生という、現在の閑散線区にも当てはまる図式が成り立つわけだが、これはむしろ40年近くもそうした問題が棚ざらしにされてきた、あるいは有効な打開策がなかった証といってもよいのかもしれない。

 

 ただ、本文中における宮脇俊三の意識は、現役路線(当時)に対して廃止がどうとか今後の存続がという方向にはほとんど向かない。これはおそらく終戦の日も汽車が走っているのを目の当たりにした体験に基づくものではなかろうか。客が多かろうが少なかろうが、廃止の指定を受けようが受けまいが、廃止になるその日まで列車は時刻通り淡々と黙々と走り続けるのである、という絶対的な信頼感に裏打ちされているように思う。

 かくて宮脇俊三は運転席の後方に立って延々と鉄路を眺めるのであった。 同行者とのやり取りや客観性を保とうとしながらも、つい鉄道の肩を持ついつもの軽妙さも相変わらずだ。

 


 本文から逸れるが解説に面白いことが書いてあった。

 解説の福田宏年がある書評に『収録路線を見て即座にどこか答えられる人はよほどの「鉄道気ちがい(ママ)」であろう』(要約)と書いたところ、中年のある鉄道マニアから『自分は貴殿の挙げた路線など先刻承知。それのみならず、Xへ行くのにAやBを経由して行ってきた』(要約)という内容の投書があったという。
 解説の福田は「鉄道気ちがいでないとわからないであろう」と断っているのに、当の鉄道気ちがいが鼻息を荒くして投書をしているのだから目も当てられない。これなどまさに自他の区別のつかぬきちがいの所業というより他はない。

 

 ところで現在はある特定のファン層を指す場合に「〇〇ファン」といったり「〇〇オタク(ヲタク)」というのが当たり前になっている。*1 マスコミ系の媒体ではファンと書かれたり呼ばれたりする場合が多く、オタクは口頭やネットの書き込みでよく見かける。「オタク」のニュアンスは普通のものから自虐や侮蔑まで幅広いが、もともとはマイナスのニュアンスが強かった言葉だと記憶しているから、まあ随分と器が大きくなったものである。

 一方で「マニア」「愛好家」表記はいまはほとんど見かけなくなった。「ファン」「オタク」表記に押されたのか口頭でも聞かない。(蒐集を伴う趣味が特に愛好家と呼ばれていた気もするが、ちょっと記憶があいまい。)

 この他、上で紹介した解説のように「〇〇キチガイ」という呼び方も昔は多かった。鉄道キチガイ(鉄キチ)、車キチガイ(カーキチ)などである。いまでも度の過ぎた阪神ファン虎キチと呼ぶのはこの名残だし、釣りキチ三平の釣りキチもこの用法であったと記憶している。あれは釣りキチガイの三平らしい。

 もっとも僕の経験上、この場合のキチガイには侮蔑的なニュアンスを含めない方が多かった。むろん、元のキチガイの言葉に引っ掛けて侮蔑的な意味合いで呼ぶ人もいたが、マニアとかファンという言葉が浸透しきる前なので、そこいらは割と普通に呼んでいた気がする。いまは自主規制で「キチガイ」という言葉自体が死んでいる。

 

 解説の福田が書いた「気ちがい」がどちらの意味合いであったかは不明だ。

 しかし(今風に言えば晒された)投書については、僕は悪い意味でのキチガイであると思う。投稿者自身がすでに詳しい側であるのに「先刻承知である」などと述べ、あまつさえその路線を知っているという本旨から逸れて、自身の乗車記録をひけらかしている点がそう感じさせる理由だ。
「はまり」すぎている人間は、自分が詳しい側であるという客観性さえも忘れてしまい、線引きがわからなくなるのであろう。自己意識が肥大化したタイプで、会話をせず自分の事ばかりしゃべっているような人である。聞いている方は適当に相槌を打つしかない。こちらの相槌の仕方で興味がないなとわかってくれればいいが、生憎とこういう人はそれでわかるようなタイプではない。
 こういうのは今も昔も一定数いるのだなと、内容とは全く関係ない部分で納得してしまった。

 

 と同時に、私もそのようなキチガイにならないように留意せねばならない。元より私には衒学的な部分が大いにあるので、特に陥りがちであるから。

 そうならないためには客観性の保持と謙虚さは大事であると思っている。
 客観性とは、趣味者でない人(門外漢)からはどう見えているか、という俯瞰的な視点を持つことによって均衡を保つこと。
 謙虚さとは、自分はこの道ではまだまだの人間だ、との自戒を持ち傲慢と増長を防ぐことだ。
 これらはいずれも、のめりこみすぎて自他の区別のつかぬ気狂いにならないための自衛策である。

 趣味者としての自分の立ち位置を客観的絶対的に把握し、かつ鼻にかけすぎないようにしておかなければならない。自覚をしていないのは本当のキチガイであるから。

 

 

 さて、冒頭の問いの答え。 *2
 少々の例外もあるが掲載は28線区。現在も残っているのは11線区。これは冒頭に書いた通りだ。以下に廃止年月と備考を記しておく。廃止年月はいずれも全線廃止時のものとした。また、廃止年月とその一日前の最終営業日が混ざっているが大目に見てほしい。(4月1日廃止の場合、営業運転の最終日は3月31日となる。)

 

  1. 三菱石炭鉱業大夕張線(北海道)→1987年7月廃止
  2. 野上電気鉄道和歌山県)→1994年4月廃止
  3. 有田鉄道和歌山県)→2002年12月廃止
  4. 紀州鉄道和歌山県
  5. 津軽鉄道青森県
  6. 福井鉄道福武線福井県
  7. 福井鉄道・南越線福井県)→1981年4月廃止
  8. 鹿児島交通・枕崎線(鹿児島県)→1984年3月廃止
  9. 伊予鉄道愛媛県
  10. 小湊鉄道(千葉県)
  11. 銚子電気鉄道(千葉県)
  12. 鹿島臨海鉄道・鹿島臨港線茨城県)→1983年11月廃止(一部区間で貨物輸送存続)
  13. 鹿島鉄道茨城県)→2007年4月廃止
  14. 日立電鉄茨城県)→2005年3月廃止
  15. 上毛電気鉄道群馬県
  16. 上信電鉄群馬県
  17. 新潟交通新潟県)→1999年4月廃止
  18. 蒲原鉄道新潟県)→1999年10月廃止
  19. 一畑電気鉄道島根県
  20. 同和鉱業片上鉄道線岡山県)→1991年6月廃止
  21. 別府鉄道兵庫県)→1984年1月廃止
  22. 南部縦貫鉄道青森県)→2002年8月廃止(1997年5月休止:実質的な廃止)
  23. 岩手開発鉄道岩手県)→1992年4月廃止(貨物輸送は存続)
  24. 栗原電鉄宮城県)→2007年4月廃止
  25. 下津井電鉄岡山県)→1990年12月廃止
  26. 加悦鉄道京都府)→1985年5月廃止
  27. 遠州鉄道静岡県
  28. 岳南鉄道静岡県

 

 鹿児島交通有田鉄道下津井電鉄など会社そのものはバス営業や他事業によって存続しているところも多い。鹿島鉄道のように社名はそのままで不動産業者になっている会社もある。JRや大手私鉄だって不動産を営んでいるので別におかしな話ではない。

 これとは逆に(現在も鉄道を走らせているが)紀州鉄道は今も昔も本業が不動産業であるのだが、鉄道会社としての質実を得るために赤字だった鉄道会社を買収して今に至っている。「鉄道会社の不動産部門」であるか「不動産会社の鉄道部門」であるかは些細な違いなのである。

 

 さて、収録線区の半分以上も消えたというべきか、11線区も残っているというべきか。
 現存している11線区に乗ったことのある身として率直に述べるのならば、残っている、という言い方になろう。
 おっと、ついつい「11線区に乗ったことのある身」などと自分の乗車記録をひけらかしてしまった。留意せねば。



 

*1:オタッキーなんていうのもあったなあ。

*2:そもそもこれは僕にとっては初歩的な問いにすぎないのであるが、やはりこういうのを鉄道キチガイというのであろう。