雑考閑記

雑考閑記

雑な考えを閑な時に記す

それでも上京したやつの話(2019年10月12日:2日目:宿籠り)

 イベントはなくなったのに東京へ行った男の話の2日目。

 台風の中、宿にほぼこもりきり。なので写真はない。

 

10月12日(土)曇りのち豪雨

 

本来はテキレボがあった日だ。(と書くとなんだか恨みがましく見えてしまうが、そのような意図はないと断っておく。)
中止について先に書いておくと、その決断は天候面だけを見ても本当に正解と言わざるを得ない。18時から22時ごろまで、つまりイベントが終わったちょっと後から打ち上げが終わるぐらいの時間帯の風雨の強さはそれほどに猛烈であった。
僕の常宿は会場から2km圏内、徒歩で30分ほどの位置にあるのでそれを強く実感した。

 

ともあれ時系列順に記録していく。

 

目的はなくとも

 目覚めたのは9時半ごろ。
 いつの間にか眠っていた、と起きて初めて気づくぐらいに昨夜はだらだらとしていた。まだ少し眠い。幸い今日は何もないのでだらだらと過ごせる。なのでだらだらと二度寝する。

 

 次に目覚めたのは10時半ごろ。

 NHKを流しながら朝食にすあまを食べてしばし読書。今日のために三冊ほど持ち込んできた。今後の小説のための参考資料というか知識獲得だ。といっても勉強というわけでもなく、結局は趣味の範囲を逸脱しないものとなっている。(感想は別の記事立てとした。)

ks2384ai.hatenablog.jp 

 外は静かで、ときおり走る車の音と隣室のごそごそ音(安宿なのでもちろん壁は薄い)、アナウンサーの声だけがいやに大きく聞こえる。

 

 12時ちょっと前、静かなので外を見る。雨は小降りで風もないので、近くのスーパーの様子を見に行く。すれ違う山谷のおっちゃんたちはいつものように歩いている。そこだけ見ると台風接近など嘘のようだった。
 しかし町はすでに台風に備えていつもと違う顔を見せていた。

 スーパーシマダヤは閉まっていたし、セブンイレブンも休店。カフェ・バッハはもちろん臨時休業だ。まいばすけっとも前を通りかかった時点で店員が自動ドアを戸締りしていた。ついさっきまでやっていたらしい。張り紙には12時閉店とあった。

 そんな店の前におっちゃんたちが入れ替わり立ち代わりやって来ては「さっき閉めたのか」と聞いていく。
 店員さん申し訳なさそうに「すいません」。
 おっちゃんたち大して気にした風でもなく「飢えてしまうわ」と軽く言って来た方向とは別の方向へ歩き出す。
 店の前を通りかかった数人組が「シマダヤも明治通りセブンイレブンも閉まってたな」と別の方へ行く。
「あっちの店ももう閉まってましたよ」と僕。
「そっか。南千住のほうまで行けば松屋ぐらいは空いているんじゃないか」と別のおっちゃん。その横を客を数人乗せた都バスが通り過ぎていく。都バスはまだ運行していたのだ。
「バス行ってしまったな。歩いていくか。お兄さんも一緒に見に行くか?」
「いえ、帰ります」風が強くなりはじめていたし、無駄足も踏みたくはなかった。大人しくしていようとの判断だ。
「そうか」とおっちゃんたち頼りないビニル傘をさして北へ向かって歩いていく。
 その間もいろいろな人がいつものこの町のように行き交っていた。ただいつもと違うのは、誰もお酒を手に持っていなかったことだ。大概の場合、ここのおっちゃんたちはカップ酒や缶ビールや缶酎ハイなどのお酒を手に歩いているのだが、今日は軒並み休業しているからか空手であった。また、いつもはよく見かける海外からのバックパッカーらしき姿もまったく見かけなかった。

 おっちゃんたちは駄目元で開いている店を探して一帯を歩き回っているのだろうか。それとも台風が来ている中で臨時休業する店があるということを知らずにさまよっているのだろうか。僕にはどちらとも判別がつかなかった。
 一方でバックパッカーを見かけないのは、さすがにスマホでどこかから情報を得て宿で大人しくしているのだろう。
 おっちゃんとバックパッカー。両者の間には何かしらの情報格差があるのでは、との考えが頭をよぎったが、それは偏見的に過ぎるだろうし、おっちゃんたちに失礼な気がした。

贅沢な滞在

 12時30分ごろに宿に戻り、そろそろ黒ずんできているバナナを昼食として読書再開。
 しかし何とも贅沢な過ごし方である。

 旅先でほとんど宿に籠って、当てもなくテレビをつけて本を読みながらだらだらと過ごす。 

 予定など気にせず時間を自由に消費する。

 これほど贅沢な旅先での過ごし方など他にないのではないだろうか。
 リゾートホテルでの滞在気分を味わう。一泊が3000円ちょっとだとかは関係がない。大事なのは気分の上でくつろげるかどうかである。
 そしてこの日の僕は大いにくつろいだ。だからこれはバカンスなのである。

 まあ、強がりというか代償行為に過ぎないんですけどね。

 日が暮れてくるとともに風雨が強まってくる。

猛烈な風と雨

 18時30分ごろ、宿が揺れる、というか軋む。それほど風が強い。最も人を不安にさせる災害の要素は揺れだと感じた。

旅先での情報入手について

 ところで旅先の僕の最大の問題点はインターネットにつなげる端末がないことだ。すなわち最新の情報に触れられないという大きな欠点がある。携帯電話は持っているけれど。これは電話とメールしかできないもので、緊急地震速報からも見放されている。一方で迷惑メールは一度も届いたことがなく、これはこれで余分なものをキャッチしなくても済むので重宝している。ラインとかツイッターとかも入れなくてもいい(入れられない)ので気も楽だ。旅先でまで地元の関係に縛られたくはない。

 そうした半面、出先では情報弱者とならざるを得ない。

 しかし宿のテレビは新しい型のもので、リモコンを操作して周辺の情報を確認できるようになっていた。さっそく台東区の情報を確認する。
 近く(といっても距離はそこそこある)の小学校が避難所として開設されているようだ。
 外ではネットを使える環境がないけれど、地デジになってテレビからもこういう情報が得られるのはありがたい。ちなみにハザードマップは出発前に確認して避難先も把握している。

山谷と荒川、墨田川の関係

 僕がいる台東区の一角は歴史的に川沿いの地域であって、墨田川が氾濫したら全域が浸水してもおかしくない区域だ。墨田川のみならず現在の荒川が氾濫しても被害が及んでくる地域である。

 そもそも隅田川や山谷といった一帯が、荒川の氾濫なしには語れないほど密接な関係にあるといってもよい。いまの墨田川はほんの55年ほど前までは荒川の本流であった。*1 当時の荒川は95年前に完成した岩淵水門によって分流されており、そのうちの「放水路」が現在の荒川の本流だ。
 大体このあたり、山谷にはもともと山谷堀という堀があった。これは吉原(新吉原)への水上路であったが、元は荒川(現在の墨田川)の氾濫対策として作られたものだ。いまも地名に残る日本堤も、これは要するに荒川の堤防であった。
 かように一帯は古くから河川(入間川→荒川→墨田川)の影響を被る湿地帯、氾濫原で、元来は雨が降ればすぐ水があふれるような地域なのである。それが今のような宅地として拓けているのは江戸以来の治水の賜物といってよい。

 しかしいまもし墨田川や荒川が氾濫すれば昔と同じような出来事が起こるであろう。

 

 さておき宿は4階ぐらいはあるので出水すれば上へ逃げることはできる。しかし強い風で吹き飛んだらどうしようもない。先も書いたが不安なのは風である。

 一階のロビーに降りる。談話室のような狭い部屋で2グループ5日本ほどが缶ビールを飲みながら、ガイドブックを開いて海外の言葉で何やら談義していた。宿の人はフロントの奥にいて見えない。
 あまり気にしていない風なので、紙コップの自販機でコーヒーを買って部屋に戻る。牛乳を買っておけばよかった。あれば何度も薄くして飲めたのに。

テレビでも見て過ごす

 19時ごろ、伊豆半島に上陸と臨時ニュース。

 読書にも倦んだのでNHKの『地球ドラマチック』を見る。

 10月12日(土)「動物ロボット スパイ大作戦!~愛しあう動物たち~」

www4.nhk.or.jp

  人間以外にも共感性はあるし死も理解する。動物も感情世界を持っている。いま読んでいるオオカミの本にもなんとなくリンクする内容だった。ときどき符丁が合致するようなこういう面白い出来事が起こる。偶然は必然。

台風にエキサイティングする海外客

 20時ごろ、風雨猛烈。
 僕の部屋は角で、大きな窓があることは昨日分の記事で書いたが、すぐ外はベランダになっていて廊下側から出入りができる。その廊下の扉を何やら開けたり締めたりと騒がしくしている人たちがいる。こんな台風の日に誰なんだよと思ったので、トイレに行くついでに確認すると、海外の人々が入れ代わり立ち代わりでベランダに出てスマホで通りを撮影、録画していた。
 こちらに気づいた先方のお姉さんが楽しそうな顔でこっちを見て外を指さす。彼らが撮っているのは外の通りではなくて、電柱の灯り越しに見える横殴りの雨であった。強風にあおられた雨は地面に対して80度ぐらいで、本当に横殴りという言葉が相応しい土砂降りだ。
 奴さん大はしゃぎで何かを言って楽しそうにしている。向こうの言葉はまったく聞き取れないけれど、これほどの雨が珍しいので興奮しているのがわかったので、「heavy weather」みたいなことを返す。
 向こうがさらに楽しそうに何か言う。聞き取れないので日本人特有らしい曖昧な笑みでうなずき、しばし外を見る。ミイラ取りがミイラになってしまった。

 風は南北の通りを駆け抜けているようで、ベランダは少ししか濡れていない。不安定な扉を持ってあげると、向こうは全員ベランダに出てスマホを構えて何か実況風にしゃべりだす。録音して何か記録を残しているのかもしれない。
 そのうち別の部屋の東洋系のお兄ちゃんがトイレから戻るついでにやってきて、英語で何か言う。するとベランダの人たちも何か返す。会話が成立していた。
 東洋系のお兄ちゃんが僕に「日本に何度か来ているけれどこんな天気は初めてだと言ってます」と通訳してくれる。
「ほとんどの日本人もこんな台風は初めてだと思いますよ」とお兄ちゃんに言うと、英訳して律儀にベランダ組に伝えくれた。
 彼らベランダ組はおそらく宿に一日籠もりきりだったのだろう。こんな荒天でも楽しめるほどに鬱屈としていたのかもしれない。あるいは何度目かの日本で初めて遭遇する強い台風を楽しんでいるのか。こちらは被害がどれほど出るかという不安もあるのに。
 奴さん私の肩をたたいて通りの電柱を指さす。風で左右に揺れているのを見て「swing swing」などという。
「明日は何本か樹が折れてると思います」と英訳してもらうと「really?」と返された。
 そうした他愛ないやり取りがあった後、皆また自室に戻った。

雨の日の焼肉

 風呂に入ると、窓のすだれが風で大きくめくれていた。窓は風が吹く方向に対して直角になので、少し開けて風と雨音を環境音とする。
 そんななかどこからともなく焼き肉の臭いが入り込んでくる。ここらは住宅街でもあるから、どこかの家からだろう。こんな日は焼き肉で無聊を慰めているのかもしれない。

深夜にかけて台風の中で

 22時ごろ、風の音途絶える。台風は町田付近だという。目の部分に入ったのだろうか。静かすぎる。雨はしとしと降っている。隣室は例の海外観光客。物音としゃべり声(くぐもっていて何を言っているかまでは聞こえない)がする。

 

 23時ごろ。ずっと静か。風はなく雨はまっすぐ小降りに。台風の中心はつくば付近とNHK。まだ目の範囲内だとしたら、これから台風を抜けるための強い風雨が再来するのだろうか。

アニメを見ようとするが続かない

 22時ごろから集中力が切れているので本を閉じて適当にテレビを回していた。

 TOKYO MX でアニメがやっている時間帯らしい。10月からのクールが始まって2週目なので2話目が多い。どれどれ、と見てみるけど5分も続かない。テンポが悪く感じられるし、そもそもまったく興味をそそられない。その後もNHKを挟みながらちょくちょく30分毎に回してみるけれど、どれも同じような感じだった。ああ、俺ほんとうにアニメ見れないようになったんだなと思う。
 適当に回していると千葉テレビ∀ガンダムがやってた。47話「ギンガナム襲来」。あと3話か。11月頭で終わるな。前に見たことがあるのもあって話のテンポがよく感じられる。残り10分ぐらい見てNHKに戻す。

静かな夜に

 24時ごろ、2時間ずっと静かなままだ。とうとう雨も止んだ。隣室からの音も途絶えた。台風は日立付近。そっとベランダに出て外を見る。早くも路面の一部が乾きはじめている。

 

 24時半ごろ、NHKの台風報道のメインが東北のものを伝えるように。暴風域に入り東北各地で猛烈な風雨をもたらしているようだ。

 

 1時ごろ。関東はずっと静かで、台風を出るときの雨風は感じられなかった。しかしその被害は大きく、多摩川をはじめ、関東各地で河川の氾濫および堤防の決壊が報じられはじめる。

 

 3時ごろ、氾濫の報道、東北の被害も続々と明らかになってくる。台風は宮城の沖合へ。

 翌日の準備。といっても、友人と昼過ぎ(各路線の運行が再開されて)から会って遊ぶだけなので、簡単なお泊りグッズの分離と、あれこれ話す議題や話題など。小説のこと。なぜ書くか。何を書くか。どうして書かないといけないのか。

 

 NHKをずっと見ているものだから、台風の報道が長い周期で同じことを繰り返しているのに気づいて眠ることに。

 のんびり過ごした一日だった。

*1:これとて江戸に行われた西遷以降の本流にすぎない。それ以前は入間川